向かって左からカワサキモータース代表取締役社長の伊藤浩氏、日産自動車グローバルエクスターナル広報部主担の新倉道代氏、トヨタ社会貢献推進部部長でトヨタ博物館館長の布垣直昭氏《写真撮影  内田俊一》

特定非営利活動法人日本自動車殿堂は11月15日に日本自動車殿堂歴史遺産車の表彰式を開催した。今回はカワサキ『Z1/Z2』、日産『Be-1』、トヨタ『セルシオ』/レクサス『LS400』の3台が選ばれた。

歴史遺産車は、日本の自動車史に優れた足跡を残した名車を選定するもので、自動車産業、自動車交通、自動車文化の発展に貢献した歴史的に残すべき自動車として、研究選考会議において種々の視点から議論し決定するものである。

◆カワサキZ1/Z2:海外で人気のスーパースポーツを日本の技術で実現。カワサキの大型二輪の礎を築く

選考理由は、大排気量のスーパースポーツバイクとして開発され、海外市場で高く評価。日本仕様のZ2と合わせて空前の販売台数を記録し、カワサキのブランド構築の源流となる歴史的名車であることが評価された。

カワサキモータース代表取締役社長の伊藤浩氏は、「Z1は1972年に製造を開始し、来年には50周年の節目の年を迎えたいま、素晴らしい賞を頂けたことをこのうえなく誇りに思う」とコメント。

カワサキの二輪車のルーツは、「三式戦闘機飛燕などで有名な川崎航空機工業だ。終戦から4年後、航空機の経験を生かしてモーターサイクルエンジンの製造を始めて以来、航空機の持つ究極の信頼性、極限の操縦性、そして運動性能への限りない追及がフィロソフィーとして脈々として受け継がれている」と自社を紹介。

そして今回の殿堂入りの報を受け、Z1の開発計画書を改めて確認したという。「そこには手書きで“性能世界一”とあった。2019年に自動車殿堂入りした、カワサキブランドを確立した大槻幸雄氏の思いがこもった一節だ」。また、同じく2014年に自動車殿堂入りした濱脇洋二氏(元カワサキ・モーターズ・コーポレーション・USA 社長)のリーダーシップで、日本の開発本部と二人三脚で米国仕様に最適なデザインや仕様に仕上げることができたことも、大ヒットになった大きな要因だった」と振り返り、「偉大な諸先輩の世界一を目指す精神があったからこそ、50年間色褪せることなくモーターサイクルファンを魅了し続けたZ1/Z2が評価された」と述べる。

さて、カワサキの二輪車部門は自立的な事業運営を実現するため、本年10月1日に川崎重工業株式会社から分社化した。伊藤氏は、「電動化のみならず、あらゆる技術オプションを通じて、カーボンニュートラル社会の実現に貢献していく。そして、パワーユニットが何であれ、二輪車の楽しみは変わらないと考えており、そこには、Z1/Z2の精神、いわゆるカワサキらしさが息づいている」という。新会社のミッションは、「“Let the good times roll”。カワサキに関わる人全ての喜びと幸せのために、だ。カワサキに関わる人全てとは、お客様、販売店、取引先、社員も含めたいわゆるステークホルダーの皆さんで、このフレーズは、Z1発表1年後の米国で使われ始めたもの。Z1と共に成長してきた創業期の米国ビジネスと、その時代の息吹を象徴するものであり、まさに我々の企業風土そのものだ」とし、過去、現在、そして未来に向けてZ1/Z2が残した精神を貫いていくことを示唆した。

◆日産Be-1:日本初のプロダクトデザインのクルマとして世界に影響を与えた

日産Be-1の選考理由は、少量生産の限定車として、パイクカーというジャンルを確立し、さらにレトロとモダンを融合させた新たにデザイン手法を編み出し、その後の内外の自動車デザインに大きな影響を与えたことである。

日産自動車グローバルエクスターナル広報部主担の新倉道代氏は、「Be-1は35年近く前の商品だが、日産自動車としてこのクルマが果たしてきた功績を、公にこれほど高く評価していただいたことを大変嬉しく思っている」と感想を述べる。その受賞理由から、「Be-1はカースタイリングの流れに変革をもたらしたということだと思う。もちろん、それがこのクルマの最大のポイントだが、実はこのクルマをデザインし、その構想を現実の商品として設計、開発、生産し、待ち望むお客様の元へ届けたことも受賞理由と同等の価値がある」と新倉氏は話す。

実はBe-1が東京モーターショーで発表されてから、発売までは1年余りの時間しかなかった。「その超短期開発のプロセスには、実はモータースポーツのノウハウがふんだんに生かされていた。また、それまで経験したことのないデザイン優先のものづくりに関しては、サプライヤーと、生産を担当した高田工業の多大なご協力によって初めてBe-1のテイストが実現していることも重要なファクターだ」と強調する。

また、新倉氏はBe-1誕生エピソードを披露。「1985年、当時まだモックアップのレベルだったBe-1をモーターショーの表舞台に送り込んだ際、2005年に自動車殿堂入りされた、歴代『スカイライン』で有名な櫻井眞一郎さんの並外れた尽力があった。そして、発売が決まってからの少量生産を前提とした、超短期開発プロセスにも設計段階の大変苦しくもイノベーティブな櫻井さんが立ち上げた開発ストーリーがあった」と明かした。

◆トヨタレクサス/レクサスLS400:数々の革新的な技術により、新たな高級車の世界基準となった

トヨタ・セルシオ/レクサスLS400は、米国市場に向けてパーソナルユースの最高峰を目指して開発され、日本の高級車の方向性を示し、その技術レベルの高さを世界に知らしめた歴史的名車であることが選考理由となった。

トヨタ社会貢献推進部部長でトヨタ博物館館長の布垣直昭氏は、「初代セルシオ/レクサスLS400は開発陣頭指揮を取った鈴木一郎氏をはじめ、関わったといわれる1400名のエンジニア、そして2300名の技能員の膨大な努力の賜物として作られたクルマだ」と紹介。また、「当時、私は駆け出しの新入社員の一人に過ぎなかったが、先輩方の苦労を側で見ていたものとして、受賞を心より嬉しく受け止めている」と感想を語る。

当時、トヨタがこのクルマに込めた思いは「大変なものであった。カタログの1ページ目には北海道士別に作られた、超高速テストコースから紹介されており、あらゆる側面からそれまでのクルマ作りとは一線を画した世界基準を目指すものだった」と振り返る。そして、「源流主義という言葉通り、付加物に頼るのではなく、振動騒音も根本の原因から理想を追求する姿勢。高速性能もそれまで全く手を付けられなかった、例えばクルマの見えない裏側にまで空気抵抗を減らす配慮を行き届かせていた」と開発に関するこだわりを話す。

さらに、「人間の感性にとことん向き合い、ひとつひとつのスイッチの操作感まで統一し、ドアの閉まり音の心地よさも追求するなど、その後の多くのクルマにも影響を与えた事例は枚挙にいとまがない」とのこと。そして、「クルマ作りのみならず、米国でのレクサスブランドの立ち上げなど、販売やマーケティングに至るすべての過程で、膨大な尽力がこのクルマの価値を本物にしたのではないか」とし、このクルマによって、新たな開発ステージへとトヨタが歩みを進めたことを語った。

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