マクラーレン GT《写真撮影 中野英幸》

長きに渡りF1の世界で活躍してきたマクラーレン。そのロードカーを製造するマクラーレン・オートモーティブは、2010年に創業した若いブランドながら着実に成功を収め、今や老舗メーカーからの乗り換えも珍しくないほどの支持を得ている。もちろん、事実上の前身となったマクラーレン・カーズ時代のF1ロードカーの功績も大きいとはいえ、これだけ一気にメジャーになったスーパースポーツカー専門ブランドは他に見られない。

その中において、間違いなく一石を投じたのは、マクラーレン『GT』だ。車名に記されたように、GT=グランドツーリングを意味し、これまでの定義を完全に覆したモデルである。つまり、GTの定義とは、フロントエンジン+リア駆動、2+2シートを備え、高性能なエンジンを搭載しながらもロングドライブでの使用を考慮した、快適性を優先したモデルを示してきたが、マクラーレンGTはミッドシップの2シーター。一見すると、なんら従来のスーパーカーと変わらないように映る。

ミッドシップスポーツ史上もっとも快適、という唯一無二
しかし、マクラーレンはこのGTを開発するにあたり、グランドツーリングに使えるようラゲッジルームを設けることにもこだわり、他のモデルにも搭載されるV型8気筒エンジンの吸排気システムを見直しサージタンクの高さを抑えることによって、シート後方、つまりエンジンの上部に420リットルのスペースを確保、185cm程度のスキー板やゴルフバッグなど長尺物の搭載を可能とした。ノーズ下には150リットルのスペースも設けられ、そこには機内持ち込みサイズのキャリーケースを収めることができるから、トータルでの許容量は従来のミッドシップモデルとは一線を画する。

しかも、乗り心地もミッドシップスポーツ史上もっとも快適に仕上げられ、カーボンモノコック構造を採るモデルとしては、異例とも思える仕上げに成功した。主に応用数学研究を用いて開発されたソフトウエアと、搭載されるセンサーが常に路面状況を読み取り、約2ミリ秒という早さで対応することで車両は常にフラットな姿勢を維持する。実際、わずかなアンジュレーションも見逃すことなく、見事にいなしてしまうのには正直、舌を巻く。

それに加え、シートもGTの名に相応しくするために長距離ドライブにも対応できるようクッションを厚めに設定しているのも重要なポイント。デザインこそバケットタイプに見えるものの、着座すれば明らかに快適性を重視していることを認識できる。

そして、マクラーレンGTを試乗して筆者がもっとも驚かされたのは、微速域での扱いやすさだ。都市部などゴ―&ストップを繰り返すシーンが多い中、わずか1000rpm+α程度の走行を実行するだけでなく、7速DCTの変速ショックも極力抑えるなど不快感のないよう配慮したうえで、環境性能に対応している。定軟性のターボチャージャーを採用した効果ではあるとはいえ、ここまで微速でも十分なトルクが得られるスーパースポーツカーは他にない。ましてやカーボンモノコック特有の振動も十分に抑えられているから見事だ。

スポーツカーとしての性能に妥協があるか
では、スポーツカーとしての性能に妥協があるかと言われれば、答えはNOである。ミッドに積まれるV8ツインターボエンジンは、4リットルの排気量から620psのパワーと630Nmのトルクを発揮するから強烈なパフォーマンスの持ち主ということは理解できるだろうが、ドライブモードの巧みな設定によって柔軟に対応するマナーの良さが際立つ。

ハンドリングとエンジン個別に設けられるそのモード設定には、それぞれ「ノーマル」「スポーツ」「トラック」と用意され、いずれもその名の通りの役割を果たすが、その差が実に秀逸で明確。従来のミッドシップスポーツではノーマルモードでもスポーツを強調してくるモデルが多いが、マクラーレンGTは違う。あくまでも目的に準じた設定に終始する。

それに、エンジンはスポーツ、ハンドリングをノーマルに設定するなど、ドライバーの判断に応じた組み合わせをすれば、快適性を維持したままエモーショナルな走りが楽しめるなど、その時の状況に合わせられるのも魅力だろう。

もちろん、サーキットなど本気で攻めたい場合はトラックモードを使用することで100%フルの性能を発揮する。しかし、それでも足まわりがガチガチに硬くなるようなことはないのが妙技! ギリギリのところで快適性を維持するのもGTならではだ。

ブレーキシステムに関しても実はこだわりが見える。今回のテスト車には、オプションのセラミックディスクが装着されていたが、本来はスチールディスクが標準。その理由は、GTのコンセプトに合わせたもので、初期タッチを和らげてゴー&ストップを多用するシーンでも可能な限りギクシャクしないようにするためだ。かといって効きが甘いことはないし、十分以上の制動力を誇る。一方のセラミックディスクでも、そのあたりは考慮しているらしく、意図的に初期フィールを抑えているようだから、こちらも実に巧みだ。

レーシングスーツよりもタキシードが似合う
ミッドシップレイアウトを採るモデルは今や多数に及ぶが、そのほとんどがスポーツ性能こそウリ。純然たるスポーツカーもあれば、ワンメイクレース車両のロードバージョンにあたるモデルが存在するなど、キャラクターの幅は広がるばかりだが、マクラーレンGTだけは未だにライバルが存在しない。それを思えば、まさに唯一無二の存在である。

何しろ、ドアにはオートクロージャーを備え“スッ”と閉められるところなど、その演出もニクイし、これほどジェントルで品の良さを感じさせるミッドシップスポーツは他にない。インテリアもスポーツ色を匂わせながらも基本はラグジュアリー仕立てだ。実際にドライブしていても疲れにくいし、遠方までドライブしても苦にならないほど、スポーツカーとしては快適で居心地が良いと思う。

言うなれば、マクラーレンGTは、レーシングスーツよりもタキシードが似合うGTスポーツ。汗臭ささを嫌う、まさにミッドシップ・グランドツアラーと言えるだろう。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★★

野口 優|モータージャーナリスト
1967年 東京都生まれ。1993年に某輸入車専門誌の編集者としてキャリアをスタート。後に三栄書房に転職、GENROQ編集部に勤務し、2008年から同誌の編集長に就任。2018年にはGENROQ Webを立ち上げた。その後、2020年に独立。25年以上にも渡る経験を活かしてモータージャーナリスト及びプロデューサーとして活動中。

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