本田技術研究所オートモビルセンターデザイン室プロダクトデザインスタジオCMFデザイナーの落合愛弓さん《撮影  内田俊一》

ホンダは3月14日までHondaウエルカムプラザ青山において“ここちよさ展”を開催。これは、新型『フィット』の開発キーワード、“ここちよさ”をもとに行われているものだ。この企画にはCMFデザイナーも参画しているのでフィットのここちよさ等について話を聞いた。

◆機能価値から感性価値に大きくシフト

フィットは視界、座り心地、乗り心地、使い心地の4つのここちよさを追及して開発された。それを踏まえ、ここちよさ展では知覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感の体験コンテンツを通して、ここちよいと感じるもの、潜在的なここちよさを発見してもらうという体験型イベントとなっている。日頃無意識のうちに感じているここちよさを五感から探り、普段の生活をよりここちよくなるような提案が為されているという。

----:フィットは機能的な価値から感性価値に大きくシフトして開発されたとのことですが、なぜそのように方向性を変えたのでしょう。

本田技術研究所オートモビルセンターデザイン室プロダクトデザインスタジオCMFデザイナーの落合愛弓さん(以下敬称略):初代フィットはすごくエポックメイキングなクルマでした。

しかし、時代の進化とともに競合もどんどん増えていって、(スペック等の)数値的な競争が厳しくなっていったのです。時間が経つにつれて最初の価値は当たり前になりますので、基本的には積み上げ式で次の新しい価値をつけていかないとお客様に喜んでもらえないというのが現状となってしまいました。

特に数値競争をして、それが結局お客様にその頑張りの部分や、お金をかけてやっていることのどのくらいが響いているのかなという疑問もありました。そこでピュアにお客様が本当に欲しい価値は何なのかというところにシフトしたことが今回の一番大きなところです。

----:これはすごい決断だと思います。これまでの機能価値というのは目に見え、絶対的な評価が出来るものであるのに対し、感性価値は絶対的評価が出来ない、人それぞれの価値観が表れてくるものです。しかも高級車ではなくフィットでそれを行った、購入層の広いところに感性価値を持ってきたのは英断だと思います。

落合:高級車になればなるほど感性的な価値はつけていく傾向にはありますが、果たしてコンパクトカーの購入層が感性価値を持っていないかというと全くそんなことはありません。やはり楽しいなどの当たり前の感情を持っていますが、(コンパクトカーを買うという段階で)諦めてしまっているように思うのです。

本当はそういうニーズがあって、それに応えていないだけのことではないか。そこでヒエラルキーだからこうするべき、ではなく、本質的にコンパクトカーに乗るひとりひとりが本当は何が欲しいのかというところを考えていかなければいけないのです。

◆5つのバリエーションで毎日をここちよく

----:そうはいっても月販1万台を目標としているフィットとしては最大公約数になりがちです。その辺りはどのように考えたのでしょう。

落合:今回の潜在ニーズ調査(ホンダが行っている人研究の中で行った調査手法で、ここちよさ展でも体感出来る)は割と幅広い方に影響を及ぼす先行層と呼ばれる方に調査をかけています。ただし実際にコンパクトカーに乗っているお客様はマジョリティが、その方々に聞いても新しい“兆し”みたいなものがなかなか見つけにくいのです。

そこでそういった人たちがフォローしている先行層の方々を“掘って”いくと他の人に影響力が大きい潜在ニーズが見つかるのです。我々は人研究によって何年もかけてそのノウハウを作ってきていますので、そうすることによって影響力がこのくらい見込めるだろうという仮説のもと、決定していったというイメージです。

----:その結果、フィットは5つのバリエーションを持たせたのですね。

落合:そうなのですが、どちらかというとホンダ側からこういうスタイルだというよりは、今の時代お客様ひとりひとりが既に自分のスタイルを持っていますので、そこにフィットを入れてもらう、そこにフィットさせていくやり方だと思っています。

これまでのクルマはこういうクルマが出たからどうだという感じでしたが、正直、それではお客様には響かない時代になってきています。自分もそういう感覚がありますし、(クルマは)生活に馴染むものなので、良い意味で違和感のないものでありながら、実は毎日をすごくここちよく出来るものが重要になってくると思っています。

ホンダブランド・コミュニケーション本部広報部商品・技術広報課チーフの鵜澤奈央さん(以下敬称略):今回アプローチとしていち車種の中で上下関係のあるバリエーションを作るのではなく、中心にベーシックがありそこから方向性を持たせてホームやネス、クロスター、リュクスという全く違うライフスタイルに合わせた提案をしていますので、とても面白いアプローチだと思います。

落合:人のライフスタイルにヒエラルキーはありません。今の時代は人と違うという多様性を受容していこうという動きが強くありますので、例えば一概にミニマルな生活をしているからといって貧乏ではないですよね。それがひとつの自分のスタイルになるのです。そういったことを認め合うようなバリエーションの作り方です。

実は私は2代目フィットを買った時、正直どれを買ったらいいのかわからずに買ってしまいました。入社したばかりの時でしたので、クルマをそこまで詳しくなく、いわれるがままに選んだのです。その時の体験から、お客様がクルマを買う時の体験がもっと楽しくてここちよいものになったらいいなという想いがありました。そういう話をすると営業部門からもそうだねという感じで、実は主観的に考えるとわかるのですが、いちホンダ社員としているとなかなかそこが盲点になってしまうのです。

----:なるほど。これだけ多様性のある人たちが増えてきていますので、例えばクロスターの外装にリュクスの内装の組み合わせが欲しいという人たちも出てくるのではないでしょうか。

落合:確かにその通りで、そのためにお客様との接点をとにかく増やして新しい声や気づきをどんどん取り入れていきたいという気持ちはあります。今回の展示もそうですし、出来るだけリアルな人の声や反応を取り入れていくことが重要になってくるのです。一番の想いは、ほかがこうしているからうちもこうするというのではなく、リアルなお客様がその人の主観や直感や感性でどう思っているかを掘り下げていって、(クルマやラインナップを)作っていきたいというものです。

◆日々変わるここちよさ

----:そうすると今回の展示はある意味データ集めという位置付けもあるのでしょうか。

鵜澤:結果としてはデータが収集出来ますので、それが役に立てばまた新たな次の開発につながるでしょう。

落合:すごく面白い結果になってくるだろうと期待しています。

鵜澤:傾向はつかめるでしょう。どのバリエーションが一番多かったのかは結果が出ますので。予想とはまた違うことになるかもしれませんし、この組み合わせ(潜在ニーズ調査として聴覚、嗅覚、味覚、視覚、触覚の5つのコーナーでここちよく感じたものをそれそれ選ぶ)が意外と人気なのかとかもあるでしょうね。

----:その時の自分のコンディションで選択はかなり変わると思います。それをどう自分としては判断したらいいのかが難しいですね。

落合:それを素直に楽しんでもらえばいいのです。

鵜澤:毎回同じ結果が出るとは限りません。飲み物ですら気分に合わせて変えるのですから。今のベストコンディションはこれで、それに合うクルマはこれだということを体験出来る場ということです。

◆好きなものを買おう

落合:今ですと単純にこれが一番売れているから買う、あるいはネットで比較して間違いないものを買うというパターンが多い傾向にあります。それが自分にぴったりきていればいいのですが、本当にそれが体験としてここちいいのか、お客様にベストなものなのかという疑問もあります。そういうリアルに自分の感覚で触れて考えることはあまりないと思います。そういう体験をしていくと、何かものをひとつ選ぶにしても価値観が変わってきたりするのではないでしょうか。

----:そこで一番ネックになるのはディーラーだと思うのです。このグレードが一番売れていてこの色が一番下取りでは高くなるだろうという判断や勧めで購入するユーザーがすごく多いのが現状です。

落合:売り方の部分は確かにあります。ただ今は買い方自体も残クレなどで残価保証などがあり、買い方そのものの体験が変わってきていますので、お客様がその時の気分といったらいい過ぎですが、自分に合っているものを買ってみようかなというチャンスは昔よりは多いでしょう。今は色々な買い方がありますので、純粋に自分が良いと思うものを選んで乗ってもらえたら一番嬉しいですね。そして、選ぶと時は楽しい悩みになってほしい。それが苦痛の悩みではなくて。

◆自分でも感じるここちよさ

----:マテリアル開発ではすごく大変だったのではないでしょうか。5台分とはいいませんが、倍以上の苦労はあっただろうという想像は出来ます。

落合:特に私のカラーマテリアル領域に関してはすごく大きかったし、でもすごく楽しかったですよ。それが私の領域だけではなくてデザインのメンバーも、自分たちの信じる感性で作っている感覚があるので、全然大変だったという感覚はありません。

----:それは落合さんのやりたいことが出来たということがあるのかもしれませんね。

落合:そうですね。フィットにもう10年乗ってきていますので、そこで思っていた色々なことをお客様の声を聞きながら自分たちなりのソリューションとして作ることが出来たというのはいちユーザーとしても嬉しいです。主観的に見るところと客観的に見るところのバランスをすごく大事にして仕事を進めました。

----:今回のフィットのカラーマテリアルで一番やりたかったことはどういうことですか。

落合:テキスタイル専門で入社しましたので、その感覚からするとクルマの材料は異質で、クルマの素材という限られたイメージがあります。しかしそれは性能を担保するためなどの理由があってそうなっていることもわかるのですが、自分の生活の感覚とのギャップがすごく大きいと感じていました。

特に布地などは安いグレード、レザーは高いグレードに使われるというヒエラルキーがあるのですが、それはおかしいとずっと思っていました。布地であっても良いものはすごくたくさんありますし、そういう素材の持っている力をクルマで使用するうえでの性能は担保して、お客様にピュアに伝わる形で出来たら良いということがありました。

----:それは素材そのものの良さを生かしながら性能を担保するかということでしょうか。

落合:そこは共創です。どちらが先ともあとともいえませんが、素材に対しての形もそうです。今回フィットに採用したボディスタビライジングシートという骨格から変えた座り心地の良いシートを作るような心意気に対して、材料のあり方は結構悩みました。しかしやはり自分の直感的にクルマはもっとこうだったらいいのにというのは大切にしていたところです。

実は開発の当初、そんなのは今までのクルマのスタイルからすればやりすぎではないかという意見もありましたし、悩みました。それでもいかにピュアにメッセージを伝えられるかはすごく大切にして開発に臨みました。

開発中にすごく面白い経験をしたのです。一度ヨーロッパでテストチームに同行したのです。その時はフィットが目指す走りのここちよさはこういうものだというものを、横に乗せてもらってコミュニケーションしながらその環境を走って体験するというもので、それが自分にとってデザインに影響を及ぼしました。

走りの伸びやかさ、最初の走り出しをいかにスムーズに伸びやかにしたいということはこういうことだということを、言葉ではわからない、これも感性的な領域ですよね。それを踏まえ、こういう走りの体験を提供したいことに対して素材はどういう触感や形だったりすると一体感が出るのかはすごく考えました。結果として色々な業種の人とのコミュニケーションによって磨き上げたという感覚の作り方で、すごくそこが楽しかったですね。

----:そういった感覚を見えるものにするというのは落合さんの中の感性が生きてこないと出来ないことだと思います。どうやってそういった感性を磨くのでしょうか。

落合:これは一人ではやはり出来ないところが確実にあります。私たちはコンセプト作りに力を入れています。ひとつのコンセプトで世界観を共有していると、向いている方向が同じですので、立体的に作っていけるという感覚があります。デザインだから見た目だけのことを知っていればいいとか、材料のことだけわかっていればいいとは思っていません。立体的にフィットが提供するここちよさはどういうことなのかを、聞きながら、体験しながら作っていくということが自分の表現につながっていると思います。

----:ワイガヤ(ホンダ特有の会議)などで色々相談しながら、こういう素材だよねと見つけてきたものに対して、これはそう、これは違うみたいなことを話しながら立体的に作り上げていくというイメージでしょうか。

落合:そうです。最後に完成車に乗った時には本当に感動しました。例えばステアリングの革と走りの感覚がぴったりきていると感じた時に、みんなでこういうここちよさを目指したというものが形になったと、すごく実感としてあったのです。

ホンダ ここちよさ展《撮影  内田俊一》 ホンダ ここちよさ展《撮影  内田俊一》 ホンダ ここちよさ展《撮影  内田俊一》 ホンダ ここちよさ展《撮影  内田俊一》 ホンダ ここちよさ展《撮影  内田俊一》 ホンダ ここちよさ展《撮影  内田俊一》 ホンダ ここちよさ展《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型《撮影  内田俊一》 ホンダ・フィット新型(東京モーターショー2019)《写真 ホンダ》