SA型乗用車

◆挙母工場竣工の日を創立記念日に

トヨタ自動車が11月3日に創立75周年を迎える。今年は労使が協調路線を確認した「労使宣言」から50周年、戦後の経営危機時に分離された「工・販」の合併からは30周年と、節目が重なる。また、アジアの現地法人もタイが50周年、マレーシアが30周年だ。トヨタは、そうした4分の3世紀の軌跡を社史として編さん、2日から同社のホームページで公開を始めた。

トヨタが設立されたのは1937(昭和12)年の8月。豊田自動織機製作所(現・豊田自動織機)が33年に設置していた自動車部を独立させ、「トヨタ自動車工業」として発足した。法人の設立日と創立記念日が異なるのは、設立翌年の11月3日に挙母工場(現・本社工場)が竣工式を迎え、その日を創立記念の日と定めたからだ。

創業者豊田喜一郎氏の意向によるもので、トヨタの現場主義を忘れることなくと、氏が後世に託したメッセージと見ることもできる。日本で最大かつ初の一貫生産工場となった挙母工場は当時としては、とに角スケールが大きかった。トヨタの生産が月数百台規模だった時に、いきなり月2000台の工場としたのだった。

◆トヨタの75年は試練の連続

しかし、日本が戦時体制へ突き進むなか、挙母工場が自動車工場としての本領を発揮するのは戦後しばらく待たねばならなかった。戦後間もない1949年には経営危機に見舞われ、銀行団からの融資条件に基づいて、翌50年にトヨタ自工から販売部門を分離したヨタ自販が設立されている。

豊田章男社長は最近、「トヨタの70年余の歴史は試練の連続だった」と、よく発言する。リーマン・ショック後の赤字転落、リコール問題、相次いだ自然災害と超円高、さらには中国リスクの顕在化と厳しい事業環環境が続くなか、へこたれてはいけないと、社員や自らを含む経営陣を鼓舞するためだ。そもそも、今のトヨタがあるのも、先人たちが数多の試練を乗り越えてきたからである。

◆企業情報開示の一翼を担う社史

筆者はそうしたトヨタの歴史を調べる際、これまではもっぱら87年に編さんされた「50年史」を広報部で閲覧させてもらってきた。25年の足跡が加わった「75年史」は、ウェブ上で公開されるのだから、隔世の感がある。ワード検索やデータ情報の取得などなど、取材者にとっての利便性も一気に高まると期待している。

日本企業の社史の制作を数多く手掛けている大手印刷会社関係者によると、企業の社史が全編にわたってホームページで公開されるのは恐らく初めてという。編さんを担当したトヨタの社会貢献推進部歴史文化室は、ウェブ公開のひとつの狙いを「社史は企業情報を積極的に開示するうえで一翼を担える」と指摘する。

50年史が編さんされた当時は、北米や欧州への工場進出が始まり、トヨタがグローバル企業へと大きく舵を切って行った時期だ。それから25年を経て、今やグループでは世界で32万人が従事するようになった。社史は、社員に歴史を知ってもらうことで求心力を高めるというのが本来の役目。その観点から75年史は英語版も同時公開し、トヨタで働く世界の人々にも発信している。

コロナの販売台数推移 刈谷自動車組立工場 トヨタのホームページで公開されている75年史。中には貴重な画像も数多く収録されている トヨタのホームページで公開されている75年史。中には貴重な画像も数多く収録されている トヨタのホームページで公開されている75年史。中には貴重な画像も数多く収録されている