東日本大震災における貢献者表彰の受賞式典に出席した全国オートバイ協同組合連合会吉田純一会長(1日・千代田区)《撮影 中島みなみ》

二輪車販売店の全国組織「全国オートバイ組合連合会」(吉田純一会長)が、社会貢献支援財団主催の「東日本大震災における貢献者表彰」で、自動車関係団体として唯一表彰された。

1日に都内ホテルで開催された式典には、対象となった個人と団体128件の関係者約600人が集まった。

表彰者の半数以上は、岩手、宮城、福島の被災3県の人々。宮城県東松島市に自費で10年かけて津波の避難所を作り、70人の住民を救った佐藤善文さん(77)、岩手県陸前高田市で水産加工会社を経営し、中国人研修生や従業員を避難誘導、自らは消防団員として再び救助活動を行い犠牲となった故佐藤充さん(55)らが含まれている。

同連合会は、約1400店のオートバイ販売店が加盟する全国組織。地震発生約2週間後から、水食料などを自前で用意して現地に入り、オートバイによる孤立集落との連絡や輸送、被災地で多発するパンク修理を二輪車からパトカーに至るまで引き受けた。水食料を自前で用意し、テントと寝袋で宿泊しながらの支援だった。生鮮品が不足する被災地に、食料を分けたこともある。

阪神淡路大震災で店舗を失った経験を持つ支援活動に加わった吉田会長は、今回の活動についてこう話した。

「大震災での支援は、受け入れる側も混乱しているから、待っていても要請はこない。積極的に行政に働きかけることで、被災地から自己完結型ですべて準備してこられるか聞かれて、発電機、コンプレッサーまですべて持ち込んで行くことになった。被災地も仕事を用意して待ってくれている状況になった」

発災直後は、携帯はもちろん、自衛隊の無線機の電波も山奥の集落には届かない。広報紙や薬品、水を積んだオートバイが集落を直接訪れ、地元の要望を携えて、また戻る。そんなことを繰り返したという。

「女川原発を最終目的地に、集落を転々としたこともあった」(吉田氏)

社会貢献支援財団による社会貢献者表彰は1971年から始まり、今回で42回目。1万2000件以上の表彰実績がある。毎年公募し、塩川正十郎元蔵相を委員長とする選考委員会で選定する。今年は、とくに東日本大震災における貢献者を対象とした。会長は評論家の日下公人氏。

受賞式典に出席した全国オートバイ協同組合連合会吉田純一会長(左から6番目)《撮影 中島みなみ》