ホンダ NC700X《撮影 太宰吉崇》

ホンダの「2020年ビジョン」を基本思想として開発されたニューミッドシリーズ。その中で最初に全貌を明らかにした『NC700X』。開発の想いを、シリーズの副LPLで完成車テストのまとめ役を務めた宮崎英敏氏に聞いた。(インタビュー後編)

---:今回はあえて吸排気系を集合させ、そこで生じる魅力、また不等間隔爆発の魅力を最大限に表現したとのことですが、こうした取り組みは今までの手法の延長ではあるのでしょうが、ポジティブなフィーチャーとして明確にうたっていますね。

宮崎氏(以下敬称略):エンジンをスムーズに回す、振動を無くす、これが今までのエンジンの作り方だったとすれば、今回はあえてバランスを崩して乗り味につなげる、あえて振動を少々残してやって、それを魅力につなげるという考え方です。

---:そういう点では、新しいエンジンの作り方ではないでしょうか。

宮崎:新しいと思います。

---:それは、燃費に関してもメリットになるわけですね。

宮崎:そうです。理想的な燃焼や空燃比を実現し、回さなくても楽しく走れるというエンジンの特性を作れば、スロットルを不必要に開ける必要はないのです。スロットル開度に対してリニアに出力が出る、つまり必要な力が適切に出てくれれば、通常のクルージングで使う5速/50〜60km/hの速度域でのスロットル開度は、4度くらいしか必要ないのです。常用域では、おおよそスロットル開度が4〜10度くらいの範疇で流せると思います。

宮崎:そういう特性にすれば、不用意にスロットルが開くことも少なくなるので、実用の燃費は向上していきます。スロットルを“開けさせない”と言えばいいのでしょうか、それでいて気持ちよく走れる特性にすることで、最終的に乗って楽しく、燃費も良いということにつながっていくはずです(定地走行テスト値で41km/リットルを実現)。

---:要は、乗り手が微妙にコントロールするような、“低燃費の走り”をエンジン側で作り出してやるということですね。

宮崎:そういうことにもなるかもしれません。エンジンというのはアイドリング回転域で燃焼を安定させることが一番難しいのです。アイドリング回転域から理論空燃比で燃焼させることが、低燃費のポイントであり、そこが4輪のエンジン技術から学ばせてもらったところなのです。

---:エンジンは2輪用の独自設計であり、決して“1/2フィットではない”とおっしゃっています。

宮崎:ボアストローク(73×80mm)が同じという点では確かにフィットと関連づけられますが、実際は低回転でトルクを出しながら燃費を良くするための技術をベースにさせてもらっただけであって、フィットのエンジンとはエンジン回転も正反対で、当然ながらクランク位相やシリンダーヘッドの作りもまったく違っています。

宮崎:エンジンをどういう角度で搭載するのか、どういうミッションを配置するのか、完成車としてどういう魅力を付けるのか、すべてはこのモデルをどういう使い方にしていただくのか、というところから始まっています。“こういうモデルを作る”と狙いを定めないと、うまくはいきません。

---:そういった意味で、新世代のスポーツバイクを作り上げたということですね。ちなみに、車体は低重心で取り回しも軽く出来たとおっしゃっていましたが、あまり低重心だとハンドリングの軽快感が損なわれるのではと思いますが、この点での工夫はあるのですか。

宮崎:確かにスーパースポーツモデルなどでは、低重心のモデルは少ないですね。しかし、それはスーパースポーツでのことであって、お客様が一般の道で楽しくバンクさせるためには、ハンドリングが素直であったり、手応えがあったりしたほうが安心できると思います。

宮崎:重いエンジンをどこに置くかでハンドリングは決まってきますが、車体の剛性バランスや捻れ方である程度のアジャストは出来ます。軽快でも手応えのあるハンドリングは、そういうところを上手くバランスさせて、エンジン位置は低いものの、十分楽しんでいただけるのならそれで良い、という発想の転換よって生まれました。

宮崎:何しろ、従来のハンドリングやディメンジョンを基準に議論しても、ヘルメットも入らなかったでしょうし、このエンジンは乗せられなかったと思います。ニューミッドシリーズでは、普段の使い方で十分に楽しんでもらえたら良いというところを目標にすることによって、新しい発想ができ、色々なことが実現できたのです。

宮崎:フレームでいうと、車体前部はヘッドパイプをきっちり支えるトラス構造を使い、ブレーキングの時の変形であるとか、コーナーリングの際の適切なたわみ方とか、きっちり仕事をさせています。そして、後輪の接地感や、荷物を積載した時の安定感といったものは、リヤ周りできっちり作っていて、前後をつなぐ真ん中の2本のパイプで車体をうまくしならせるようにしています。

---:ここまで伺ったことを考えると、税込で65万円を切るNC700Xの価格はバーゲンプライスにも思えますが。

宮崎:一応、損はしないレベルになっております(笑)。この価格は努力の結果です。最初のコンセプトとして、従来の750ccより価格を30%引き下げるとしましたが、部品のグローバル調達によってコストを引き下げられた割合はその中の3割程度で、残りの7割は設計の努力、つまり機能の集約やレイアウトの工夫によるものです。

宮崎:お客様にリーズナブルな価格で買っていただくための努力は惜しまずに…新しい開発の仕方、新しい部品の買い方、新しい組み立て方、そういうトライがあって、今回のような価格設定が出来たと思います。普通に3モデルを別々に開発していたら、3倍とまでは行かなくとも、2.5倍くらいのコストがかかったはずです。1つのプラットホームで3つのモデルを同時に開発するという、従来ではなかった方法でやり遂げたという事実は、今後に波及していくとも思います。

---:バイクは少量多品種生産ゆえに、プラットホームの共用化が難しかったわけですが、ようやくそういう開発が実現できたということですね。これは画期的なことだと思います。

宮崎:時代にあったバイクの作り方を勉強させていただき、それがカタチになったかなと思っています。今回のような新しい開発の手法が、もっともっと発展して行くと、バイク作りはより良くなると思います。

宮崎:性能も6000rpm以下で最大の乗り味が求められているのなら、普段そういう領域しか使わないのならと考え、そこにフォーカスを当てて、その領域で最高の性能を実現するエンジンと車体、各部の性能・機能を集約すれば、非常に魅力ある商品ができるということなのです。

宮崎:ファンバイクと呼び方をするなら、当然ながら色々な要素が“FUN”の中にあると思います。今回は自分の身の丈に合った、日常の速度の中で楽しいというFUNを作ったつもりです。こういったモデルや作り方が評価していただければ、そして、もっともっと世の中とヒトとバイクの関係が良いものになってくれればと、考えています。

---:バイクに対する想いがこもっていますね。

宮崎:そういう点で、新しいエントリーユーザー、あるいはリターンユーザーのお客様が、ニューミッドシリーズによって、どんどんバイクの世界に入って来てくださるようになればと思っています。そのためには、バイク作りというものを理解した上で、“こういう信念で自分はバイクを作っている”、“自分はこういう車体レイアウトやエンジンをやりたい”という想いが明確にないといけません。開発チーム全体にそれをきっちり伝えて、自分達の作りたいものが理解できて、表現できて、技術がなければ、こういうモデルはなかなか出来ないと思っています。

宮崎:今回も“こうしたい”という想いを反映させてきたつもりですが、開発チームのモチベーションやチームワークも非常に良かったと思います。これは、チームを結束させようとしたLPLのバイタリティの賜物です。今回の経験で、若いスタッフ達もそれぞれの分野でより能力を発揮できるような“何か”を掴んでくれたと思います。私も20年近くLPLやLPL代行を務めて来て、バイク作りの観点を学べましたし、そういう経験を踏まえてニューミッドシリーズでは新しいチャレンジが出来ました。“ただ低回転で燃費が良くて、安いだけのバイク”とは言われないだけの内容を実現したと自負しています。

本田技術研究所 宮崎英敏主任研究員(参考画像)《撮影 高木啓》 ホンダ NC700X《撮影 太宰吉崇》 ホンダ NC700X《撮影 太宰吉崇》 ホンダ NC700X《撮影 太宰吉崇》 写真:ホンダが24日から日本国内で販売を開始する新型大型バイク NC700X《撮影 太宰吉崇》