藤野道格(ホンダ・エアクラフトカンパニー・インコーポレーテッド社長)《撮影 ケニー中嶋》

米ノースカロライナ州にある『ホンダジェット』生産設備が媒体に初公開された。ホンダ・エアクラフトカンパニー・インコーポレーテッドの藤野道格社長にインタビューする。翼の上に配置されたエンジンは開発の転機だったという。

Q:藤野さんがホンダに入社した経緯は?

藤野 大学は航空学科でしたが、自動車をやりたくてホンダに入社しました。実は日本で航空機メーカーに入るつもりはなかったのです。どうしても全体を設計するとか、自分で飛行機を売ると言うこととはちょっと違う……。距離がある仕事が殆どだと思ったのです。自分でコンセプトを考えて、自分で造って、そして自分で売るというようなスタンスで、商品を考えるところまでやりたかった。よりエキサイティングな仕事をしてみたかったのです。そして、それが出来るのは世界でもホンダしかないんじゃないかと思ったのです。

Q:どの時点で航空機を造ろうとしたのですか?

藤野 ホンダに入った時から小型スポーツカーをコンセプトからやりたいという気持ちがあったのですが、入社して約2年した時にホンダが航空機のプロジェクトをやるという会社を立ち上げることになり、メンバーの1人として強制的に飛行機を、ということになりました(笑)。

Q:飛行機造りは故本田宗一郎氏の夢だとお聞きしました。

藤野 当時(1986年)はまだ入社2年目でトップの意向は判りませんでしたが、当時の社長にはホンダはこのままではなく、将来のプロダクトを開発しなければならないという夢があったと思います。そしてその夢は本田宗一郎さんから受け継がれてきたもので、その研究テーマの一つに飛行機があったのだと思います。そのために人材を集めていたんですね。

Q:その後ホンダジェットのデザインスケッチが出来がった1997年までの間は?

藤野 10年以上はホンダで飛行機の研究をしていました。ホンダジェットの前にも、既存の単発ターボプロップ機を用いて主翼と尾翼を改造した「MH01」、続いて前進翼やオールコンポジットの機体を用いたホンダ独自の「MH02」などを手掛けてきました。

Q:OTWEMのコンセプトは最初から念頭にあったのですか?

藤野 スケッチを描いた段階で「こういうアイディアがあるんじゃないか」という気持ちはありました。様々なオプションを考えた上で「これで行こうと」決めた時にスケッチを描いたという感じです。

Q:70年代に同様のOTWEM同様に主翼の上にエンジンをマウントしたドイツのVFW「614」という飛行機がありましたが影響を受けたのですか?

藤野 ホンダジェットの開発以前から、色々な機体を研究する過程で写真も見ていますし知識として知ってはいました。しかしVFWは成功作ではなく失敗した機体の例なのです。だから失敗した機体と同じことをやるということに対しての危惧というか躊躇いはありました。

ただ、よく設計や論文を見てみると必ずしもVFWが抵抗の軽減考慮や構造を考慮した機体ではなかったことも判ってきました。アイディアがおよんでいないと言うか、クルマに例えると同じ4輪ではあるのだけれど、4輪操舵にするなどして「極める」ところまでは至っていなかったのです。素人の方が見るとVFWも主翼の上にエンジンが付いているじゃないか、同じじゃないかと思われるかもしれませんが、技術の観点からはホンダのOTWEMは別の次元の技術を使っているのです。

VFWは空力の観点で抵抗を下げるとかキャビンを広げるといったメリットを得る為でなく、単にランディングギアを短くして乗り降りを容易にするといったジオメトリーの観点だけでやったのではないかと思います。

Q:デザインスケッチで描くどれくらい前からOTWEMで行こうと思ったのですか?

藤野 ホンダジェットの前の機体も、コンセプトは違いますが主翼の上にエンジンを乗せたのですが、メリット、デメリットを検討した結果、その時はもう可能性はないと感じました。そのプロジェクトが終わり、次の新しいトレンドを考える96年から97年の間に色々考えた末に可能性があると思ったんです。

そのきっかけは、とても古くて今の人は読まないんですが、学生の時に一度読んだプラントルが書いた空力に関する教科書を偶然に読む機会があり、学生の時はコンピューターも無く気が付かなかったのですが、副素関数を使って空気の流れを組み合わせる解析手法に目がとまったんです。当時は当たり前のことだと思ったのですが、見方を変えると流れを組み合わせてベストの流れを作ればいいんじゃないかと考えが変わったんです。主翼にエンジンを付けた状態でベストの流れを作る機体が出来れば可能性があると気が付いたんです。

それまではダメな事例だとか、なぜダメだったか、どうすればダメな事を減らせるかという見方だったものが、これはプラスに使えると気持ちを転換したんです。物の見方がそれまでの10年とその後の10年で大きく変わりました。最初の10年は凄く勉強してきて専門家気どりでどんな質問にも答えられた自負心を持っていたんですが、単に他の人がやった仕事を知識として知っていて、それを説明してるのはエンジニアの仕事なんだろうかと疑問がわいて、一回今まで学んだものを捨ててしまわなければいけないんじゃないかと気分転換になりました。それでアイディアが浮かびました。

Q:OTWEMに拘りがあり、これしかないという気持ちだったんですね。

藤野 ホンダジェットの転機の一つであり、自分としては拘りがありました。かなり反対はありましたが、それなくして性能の優位性は出せない。他の会社がやっているもののコピーをやってもしょうがないという気持ちは強かったです。

Q:今後、ホンダジェットの発展型でもOTWEMを使う可能性は?

藤野 使える機体なら使いたいです。機体によってベストな方法がありますから、一番良い方法を考えたいです。もっとも伊東社長からはまずこれを成功させろと命令されていますから、自分の仕事としてはホンダジェットを成功させることに全力を注ぎます。

ホンダジェット《撮影 ケニー中嶋》 ホンダジェット《撮影 ケニー中嶋》 ホンダジェット《撮影 ケニー中嶋》 ホンダジェット《撮影 ケニー中嶋》 ホンダジェット《撮影 ケニー中嶋》 VFW614。数少ない現役がドイツ航空宇宙研究所の試験機だ。VFW社は統合されて現在はエアバス社になっている。 VFW614。数少ない現役がドイツ航空宇宙研究所の試験機だ。VFW社は統合されて現在はエアバス社になっている。 ホンダジェット 藤野道格(ホンダ・エアクラフトカンパニー・インコーポレーテッド社長)《撮影 ケニー中嶋》