プログラム開発推進本部 水野成夫(みずの・しげお)主査《撮影 高根英幸》

マツダ『デミオ』開発主査の水野成夫氏に再び話を訊く機会に恵まれた。最初に訊きたいことは決まっていた。それは「デミオ13-SKYACTIV」が登場して以来、疑問に思っていたことだ。

昨年秋のSKYACTIV発表会では、SKYACTIV-G(ガソリンエンジン)を構成するブレイクスルー技術の中に、デミオに搭載されたクールドEGRが含まれていなかったことである。

ひょっとして、クールドEGRを4-2-1のエキゾーストマニホールドの代替え技術に見出したのは、比較的最近のことなのだろうか。であればデミオの開発は非常に急ピッチで行なわれた、ということにつながる。予定されていたマイナーチェンジではなかったのか、水野氏に単刀直入に訊いてみた。

「まず理解していただきたいのは、SKYACTIVの定義は『世界一の技術』というもので、とりわけSKYACTIV-Gは燃焼の理想を追求する技術であって、決して1つ1つの技術のパッケージではないんです」

「ですからSKYACTIV-Gの理想としては4-2-1のエキゾーストマニホールドを採用する、これは間違いありません。今回のデミオに関しても当然、最初は4-2-1を載せようとしました。でも図面見たら、『まず無理』というのが分かって、早い時点で諦めてましたね。そこでトルク特性を諦めて、デミオは燃費に振った特性に切り替えたんです」。

いっぺん登っていった山の登頂を諦めて違う方向から登っていくことにした、と水野氏は表現してくれた。やはり、クールドEGRについては、かなり後になってから採られた対策だったようだ。

「もう直近ですよ。モノ(試作車)が出来てきたのが2010年の8月、9月ですから。かなりの突貫工事ですよね。でも『言った事はやる』ということを示したかったんです」

「というのも、今回のデミオ13-SKYACTIVがSKYACTIV-Gの第1号車になったのは、決して最初から計画されていたことではなかったんですよ。2009年の東京モーターショーでウチの社長がSKYACTIVを発表した時の反響があまりにも大きかったんです。話題になったのは、ある意味『本当ですかね〜?』と疑われていたとも私は思っていました」

「だから口先だけではないことを証明するためには『実現しないと。それもなるべく早く』という状況が当然生まれてきますよね」

早く商品化しなければ狼少年になってしまう、と水野氏は感じていたと言う。では、具体的な計画はいつから始まっていたのだろう。

「モーターショーの半年くらい前、09年の6月頃に実用化に向けた開発がスタートしたと聞いています。けれどもその当時は、フルチェンジの時に搭載する技術だと思っていたんです。まだ夢のエンジンを研究している段階だったんですが、すでに私がボディもシャーシも作ったクルマに載せるという、いきなり現実の話に変わってしまったんですね。それでも社長の宣言の裏にあるものは分かるから『言われたら断われないな』とも思っていました」

トップ自らが宣言してしまったのだ。それはインパクトが大きかったのも当然だ。こうして10年になって水野氏にデミオSKYACTIV搭載の命が下されたのであった。

【インタビュー】マツダ デミオ 水野主査…当初は計画になかったSKYACTIV-G《撮影 高根英幸》 【インタビュー】マツダ デミオ 水野主査…当初は計画になかったSKYACTIV-G《撮影 高根英幸》 マツダ・デミオSKYACTIV《撮影 高根英幸》 クールドEGR:圧縮比を高めるとシリンダー内の温度が上がり、ノッキングが発生しやすくなる。これを防ぐため、排ガスの一部を冷却して燃焼室内に戻し、混合気の自己着火を抑制する。 マツダ・デミオSKYACTIV《撮影 高根英幸》