アウトストラーダ8号線から見えるアルファロメオ・アレーゼ社屋の一部

●アルファのアレーゼ工場をVWが取得? ご当地ファンたちの心境

ミラノ郊外のアレーゼといえば、かつてアルファロメオの本社および工場所在地として、その名を世界に馳せた。「その跡地を、独フォルクスワーゲン(VW)が買収か?」との記事がイタリアの主要紙『コリエッレ・デラ・セーラ』紙に11月末掲載された。

記事によると、すでに夏前、アレーゼ市が属するロンバルディア州がVW幹部を招いて、現地視察会を行なったという。

アルファロメオのアレーゼ本社および工場は、産業復興公社(IRI)の傘下にあった1963年から段階的に拡充されていった。70年代は、国策で建設された南部ポミリアーノ・ダルコ工場とともに、アルファロメオの黄金期を支えた。

しかし、86年にアルファロメオがフィアット傘下に収まって以降は、経営効率化を理由に、次第にアレーゼの生産拠点としての地位は縮小されていった。そして90年代中頃には、電気自動車の少量生産とデポー機能のみとなった。さらに2009年には、スタイリングセンターも廃止され、トリノに集約されることが決まった。アレーゼでデザインされた最後のモデルは『MiTo』だった。

現在アレーゼにはデポーと、110台を収蔵する博物館「ムゼオ・アルファロメオ」が残るのみだ。周囲にはその名も「アルファロメオ通り」や、1960年から同社の社長を務めた「ルラーギ通り」がある。だが、以前の従業員用駐車場周辺には雑草が生い茂り、本館の壊れて垂れ下がったブラインドが痛痛しく、往年の繁栄の面影は微塵も感じられない。

アレーゼの将来に関し、現段階でフィアットはVW側といかなる取り決めも行なっていないという。だがVWがアルファロメオ・ブランド買収に興味を示していることからして、用途はともかく、今もファンの脳裏にその名が残る往年の「聖地」獲得は、その布石とみることもできる。

思えばフィアットは、IRIと先に買収交渉を進めていたフォードを押しのけるかたちで、アルファロメオを買収した。イタリアに外資メーカー上陸を何がなんでも阻止したかった当時のフィアット会長ジョヴァンニ・アニェッリの意地であったといわれる。あの時代からすると、隔世の感があることは否めない。

いっぽう、筆者の知るイタリア人アルファロメオ愛好者たちは、意外に冷静だ。「トリノのフィアットは、ミラノのアルファロメオを買収したあとで見捨てようとしている。もし、早くから米国やドイツのメーカーに救われていたら、VWの傘下でアウディが辿ったように、より高級ブランドとして確立していただろう」というのだ。加えて、トリノ人たちは大衆車造りに長けていても、プレミアムなブランドとは何かを知らない、と彼らは訴える。

トリノ人と組むくらいなら、外国人と組んだほうがいい---。このあたりに、地方意識強きイタリア人独特の複雑なメンタリティも窺えて面白い。


筆者:大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)---コラムニスト。国立音楽大学卒。二玄社『SUPER CG』記者を経て、96年からシエナ在住。イタリアに対するユニークな視点と親しみやすい筆致に、老若男女犬猫問わずファンがいる。NHK『ラジオ深夜便』のレポーターをはじめ、ラジオ・テレビでも活躍中。主な著書に『カンティーナを巡る冒険旅行』、『幸せのイタリア料理!』(以上光人社)、『Hotするイタリア』(二玄社)、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)がある。

本部棟。中途半端に下がったブラインドが痛々しい ムゼオ・アルファロメオの内部 一時は、跡地利用案として、民間用流通センターも計画されていた